街の歴史
街の発展
足立区は、その昔海辺に接していた低湿地帯の一部でした。この地域は、遠く連なる松戸・国府台の台地と、上野・飛鳥山を結ぶ台地との間に横たわっていた入江や湿原、また入り組んだ荒地であったと推定されています。- 区内には丘らしい高地がほとんどありません。全体が平らで、一番高いところは、人工によって築かれた荒川の堤防で、高さ10メートルです。北西部はやや高く、南東部に行くに従って緩やかに傾斜しながら下っていることから、昔から足立区は農耕に適していました。
- 地勢上のもう一つの特色は、川が多いということです。東京を水害から守るために、明治44年から昭和5年まで長い歳月をかけて開かれた荒川(放水路)が、足立区を北西から南東へと流れ、区を二つに分断しているほか、四方を川で囲まれ、南に隅田川、西に荒川、新芝川、北に毛長川、そして東に中川、綾瀬川、垳(がけ)川が流れています。
- 東京都の北部に位置し、隅田川と荒川に挟まれた地区と、面積の大半を占める荒川以北の地区とに別れている。その総面積は53.20平方キロメートルで東京23区の約9パーセントにあたり、大田区、世田谷区についで第3位の広さです。

- 南東の荒川南岸に位置する千住地区は、江戸時代には日光街道の宿場であり、現在はターミナル駅である北千住駅を擁する区内随一の繁華街となりました。
足立という地名の 由来は、あたりに葦がたくさん生えていたので、「葦立ち」 といったのが、「足立」になったという説があります。- (参照:足立区ホームページ http://www.city.adachi.tokyo.jp/018/index.html)
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